
ある日、観光客など滅多に足を踏み入れないローカルなハバナ市街区を歩いていたら、向こうのほうから、「ボンポコボンポ」と太鼓の音がしてきた。そのままズンズンと歩いて行ったら、数人が通りでコンガを叩いていた。
「オラ!」(スペイン語でこんにちわ)と声をかけて近づいていくと、一人がそこに座れと目で合図する。そこでしばらく座って聞くことにした。
近くで聞くと改めてその音に驚かされた。彼らが叩くコンガは僕が知っているコンガの音とは違っていた。何気なく叩いているように見えるんだけれど音がコーンと遠くにはじけ、それでいてズシリと重い。音がズンズン体にすき刺さってくる。胸と腹にくる感じだ。
叩いている姿も全然力が入っていなくていたって自然。喜怒哀楽も見せず、無表情に惰性で叩いている感じだ。それでも音はしっかりとしている。これは代々引き継がれてきたものがこの音を叩きだしているんだろうなあと想像した。
すると突然演奏が止まり、「お前やってみろ」と叩いていたうちの一人の年配のじいさまに言われた。「むう。日本人としてここでみっともないまねは見せられん。普段、エアーパーカッションで鍛えている技を見せつけてやろう」と気張って手を打ち下ろしたら、「バフッ」とにぶい音が出た。一瞬その場の空気が凍りついたかと思うと、じいさまがにやっと白い歯を見せた。
不幸にも実力が出てしまった俺はこれ以上の恥をさらすのは辞め、おとなしくコンガを返した。一同はふたたびコンガを叩きだした。しかも前よりもいい音色で気持ちよさそうにコンガを叩きまくる。俺へのあてつけか。
この後、じいさまにコンガの弟子入りを頼んだのは言うまでもない。それから1週間空手キッドのようにマンツーマンで教えを受けた。そして最後のほうには、まともな音がたまには出るようになっていった。
最後の授業が終わって、「取り巻きとみんなで食べて下さい」とお菓子を持っていったら、ものすごい勢いで一人で平らげてしまった師匠。
そう。僕にはキューバに師匠がいるのだ。