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メキシコ、カリフォルニア、日本 暮らしへの好奇心は尽きない
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ある名もなき偉大な男の死

今日、メキシコからある人の死を知らせる一通のメールが入った。
その人は僕の東洋医学修業中の師匠で、多くの人から愛され慕われるとても魅力的な男だった。

彼は若き頃日本にいたときは、農村に関わる出版の仕事をしていたと記憶している。その後人が人らしく生きられる社会の実現を夢見てメキシコに渡り、鍼灸師として仕事をする傍らメキシコのインディヘナが住む僻地で、東洋医学を広めることで農村医療の充実を図る運動を仲間達と始めその活動を何十年も続けてきた。そしていつしか彼は、メキシコの政治家、女優から名もなき一人のインディオに至るまで、多くのメキシコ人から、心の底から慕われ必要とされる人間になっていった。

他人の個人的な感傷に付き合わされるのは迷惑な話だが、少し付き合って欲しい。

僕が離婚して人生に迷っていたときに、偶然の縁から彼の門を叩いた。そのとき僕は何もかも失い失意のどん底だった。それでも一人で異国で生きていかなくてはならずきつかった。そんなとき彼の元に通うことだけがそのときのたった一つの希望だった。メキシコ人と一緒のクラスが終ると腹を空かせた僕に向かって彼は奥のキッチンでご飯を食べていけと誘う。嬉しかった。それはご飯だけでは終わらず、やがてテキーラの瓶が出てきて、最後には皆で『黒の舟歌』をギターを弾いて歌うのが常だった。その哀愁を帯びた音色とみんなの歌声は、孤独な夜の大都市にひっそりと佇む暖かな部屋の中に静かに響き渡っていった。みんな己の人生を振り返るかのごとく歌った。そのとき僕は、人は皆他人には分からない重いものを背負って生きていることを知った。そんな宴は夜更けまで続き、僕は危険なメキシコの夜道を乗客のほぼいない深夜の路線バスと駆け足でねぐらへと急いだ。

彼は誰にも優しかった。そして誰に対する時でも態度は変わらなかった。そして一切自分を飾らなかった。彼は酔うとロシア民謡を好んで歌った。音楽家のパーティーで、あるインディヘナ共同体でのフィエスタで。突然前に進み出ると、決してうまくはないが聞く者の心を打つ堂々とした歌声を響かせた。意表を突かれたメキシコ人達は拍手喝采だった。

彼は女性にもてた。日本に別れた妻と子供たちを残してメキシコの土となった彼。そんな彼がある日語ってくれた。メキシコに着いた当初、北部の牧場での経験。たしか女性が登場する話だったと思うがそれは映画の一シーンを彷彿とさせるようなものだった。でも彼は浮ついたプレイボーイなどではなく、一人の女性を真剣に愛する男だった。

彼への思い出は書き尽くせない。それに、大事な人の死を書き尽くせる力は所詮言葉にはない。ただ、もう一度、せめてもう一度彼と酒を飲み交わしたかった。それをしようしようと思いつつメキシコ行きが伸びてしまった。間に合わなかった。

人の死は突然訪れる。『ああっ』と思ったときにはその人はもうそこにはいない。永遠の後悔の波が静かに打ち寄せるだけだ。

人生で大事なものとは一体何だろう?

隣の人が来ている流行りの洋服か?
有名レストランでの美食か?
それとも、異性と過ごす一夜の快楽か?

そのどれも好きだが、去って行った師匠は笑っていうだろう。
『どれも味わえよ。それが人生さ。でも、もっと大事なものがあるはずさ。それと出会えるといいね』

今夜は、師匠と酒を飲む。久しぶりに。
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異文化と自然を愛するイグアナ楽団のページへようこそ。これまでメキシコとアメリカに合計10年住んできました。それ以来人生の歩き方をテーマとして追い続けています。海外を旅するといつも考えさせられる豊かさとは何か。それについて思ったことを書いていきます。
プロフィール

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好きな言葉:「生きていくうえでもっとも大切なことは、自らを律し、可能な限り自分に正直であること」
by Robert Redford

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