
シリア国内をアレッポに向けて移動中、眼鏡のフレームが真っ二つに割れるという惨事に直面した。割れたのはプラスティック製のレンズの部分で、上着の胸ポケットに入れておいたのが何かに押されて圧力がかかって折れてしまったみたいだ。この先、レバノン、ヨルダン、エジプトとまだまだ見る物はたくさん残っている。特に博物館の中でとても困る。何とかアレッポに着いたら修理屋を探して直そうと思った。
5時間ほど乗った長距離バスがアレッポに到着すると、すぐにホテルを探してチェックインした。その日は遅かったので翌日改めて町に出てみると、ちょうど機械修理屋があったので、割れた眼鏡を見せて『どこか接着剤を売っているところか修理してくれるところはありません?』とジェスチャーで聞いてみた。すると怪訝そうな顔の兄ちゃんは、あちらの方角を指さす。そこで言われた方向へ歩いていくと、ヘアピンやら櫛やら乾電池を扱う雑貨屋があったが残念ながら接着剤類は置いていなかった。
そんな感じで、ケーキ屋や果物屋など目に付いた片っ端の店から眼鏡を見せて同じことを繰り返し聞き続けたら、ついに一軒の携帯電話屋にたどり着いた。しかしねえ、携帯と眼鏡ではちょっとジャンルが違うでしょと思いながらも、とりあえず聞いてみることにした。
ガチャっとドアを開け店に足を踏み入れると、奥の方で談笑していた一団の中から“愛くるしいぬいぐるみ”のような顔した人物がにこやかに近寄ってきて、英語で『May I help you?』と聞いてきた。そこで壊れた眼鏡を取り出し事情を説明すると、その眼鏡を受け取り奥の一団に引き返して行き、こちらへ来るように合図してきた。
奥には店主とおぼしき眼鏡の男性が、僕の壊れた眼鏡を詳細に見ている。そして引き出しから何やら接着剤のようなものを取り出すと丁寧に作業に入り始めた。その間、僕はそこにいたみんなに自己紹介し向こう側も“ミスターぬいぐるみ”が自分は医者でダマスカスから家族の用事でアレッポに来ていることなどを話してくれた。
少しして、作業を終えたらしい店主は『とりあえずくっついたと思うけど再び壊れない保証はしないよ』といいながら直った眼鏡を手渡してくれた。そこで修理代はと聞くと、笑って首を横に振るのみだ。こんな瞬間こそ旅をしていてよかったなと思える。人はどうにもならなくなって初めて驕りや傲慢さを捨て、謙虚になれる。人は謙虚になると、他人の親切がしみじみと感じられるものだ。僕も何度も礼を言うと、そこにいた皆も良かった良かったと喜んでくれた。
なぜか海外に出るとよく眼鏡を壊す。韓国でも眼鏡屋のおじちゃんにねじで修理してもらったことがある。このときもお金は受け取ってもらえなかった。そして今回もまた中東で眼鏡の難に遭遇し人の情けに助けられた。どうやら、眼鏡は次から次へと僕にいろんな経験をさせたいらしい。
それから中東を駆け巡り日本に帰ってきた今も、その眼鏡は相変わらずくっついたままだ。主人の修理の腕前もさることながら、彼らのまごころが接着剤に化学変化を起こさせたに違いない。
PR