忍者ブログ
メキシコ、カリフォルニア、日本 暮らしへの好奇心は尽きない
[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

戦争の爪あと in 上海


(上海大廈、別名ブロードウェイマンションという名のホテル)

昨年上海に初めて行った。タイ航空のマイレージが溜まったのでプーケットかカトマンズに行きたかったのだが、座席が取れなかったので急遽提携する他の航空会社での上海行きに決めた。そのとき中国に全く興味がなかったが、行く以上何かテーマを見つけなきゃ面白くない。そこで上海について調べてみると、ここは19世紀終わりの帝国主義の時代に列強各国がそれぞれの租界を設け、さらに結社や難民などが入り乱れ魔都と呼ばれる国際都市が出来ていたことが分かった。

各国のスパイが暗躍する“魔都”。そこに興味を惹かれ、今回の上海行きは日本の租界時代の爪あとを探す旅にすることにした。調べてみると、日本の租界があったのは上海の虹口と呼ばれる地域。ここにはかっての日本軍にゆかりのある建物が複数残っている。いくつかの小説やガイドブックを読んで当時のことが頭に入ってくると徐々に上海行きが待ち遠しくなった。

上の写真は1936年に建てられ翌年日本軍に徴発され今はホテルとなっている虹口地域の玄関に立つブロードウェイマンションだ。周りを近代的なホテルに囲まれたアールデコ様式のその建物は、虹口に向う橋から眺めるとまるで時代を飛び越えてそこに佇んでいるような存在感を放っている。ここで日本軍の政策会議が開かれていたんだと思うと何ともいえない感情が込み上げて来る。ここで戦争反対だなんて言うような無粋なことはしない。ただ単に生きた歴史の場に居合わせられることに感謝し、そこに身を置いて感じるだけ。

他に、当時の旧日本陸軍司令部や日本人学校、そして日中戦争前の四角い電柱(奇跡的に遭遇)などを歩き回って発見し、仕上げにタクシーをチャーターして片道1時間半かけて揚子江を覗いてきた。そこにはもうどこにも戦争の香りは残っておらず、金儲けに忙しい中国人が慌しく行き交うのみだった。

最後に、当時の気分を味わうに持ってこいの本を紹介したい。その名は「黄土の奔流(生島治郎」 。
1920年代の熱い中国を舞台に日本人が活躍する冒険小説。よくまあ細部まで調べていて臨場感たっぷり。お盆の帰省にかばんに忍ばせたい一冊。
PR
メキシコ熱波が襲った

先週末はメキシコの熱波が僕を襲った。

金曜日は千葉に住む友人からの、「知り合いのグアダラハラ出身のメキシコ人おばちゃんが近所に住んでるから遊びにおいでよ」とのお誘いで千葉まで出向いた。実はその家の最寄り駅は僕の卒業した高校のある駅でもあり、おばちゃん家に着くまでしばし思い出にひたる。しかし思い出したのは、テニス部に入部したものの2日目の練習でいやになり、休憩時間に先輩の自転車を奪って逃亡してそれっきり戻らなかった苦い経験。人間得てしてこういうしょうもないことのほうが覚えているもんなんだよなあ。

家に近づくと、外までメキシカンボレロが聞こえてきた。そしてメキシコでよく見かける飾りが家の周りの植木鉢に飾られている。まがうことなくメキシコ人のDNAを引き継いだ者がこの中にいるということだ。それだけで嬉しくなった。その夜は、ブラジルの姉やも加わりビール消費ペースがハイピッチになり、エンジンがうなりだし家の温度が確実に3度上がったところで危険を感じ退散したが、豆と豚肉の煮込みや、メキシコ風チキン焼き、バターライスをたらふくご馳走になり、軽いエロ話に笑い、楽しい夜を過ごした。

日曜は、赤レンガ倉庫前の広場で、「アレグリア・デ・メヒコ」というイベントがあり、メキシコシティ時代の友人達と一緒に出かけた。この日も猛暑でイベントにはちょっと暑過ぎたせいか人手はいまいち。内容も出店が数店あるだけで特に盛り上がりもない。おまけにビールもすぐぬるくなってしまい美味しくない。「わざわざ出かけていくほどの価値ないね~」とみんなの感想は一致した。ただ会場で偶然知り合いと再会できたことと、メキシコシティ出身で東京在住のメキシコ人と知り合いになれたことだけが収穫だった。

話は変わるけど、今発売中の“Safari"という男性誌の広告に、「世界の極上リゾート!プエルト・バジャルタ/メキシコ」とある。プエルトバジャルタは僕が4年間住んでいたところ。早速本屋に直行しないと。

Dead City



シリア北西の町アレッポの近くには、Dead Cityと呼ばれる今は廃墟となったビザンチン時代の集落が点在する。上の写真はその一つ、Serjilla(セルジッラ)と呼ばれるもの。当時ここはワインやオリーブオイルの製造で有名だったらしい。かなり向こうまで続くなだらかな丘のあちらこちらに石を積み上げて建てられた5世紀から7世紀頃の建物とその残骸が散らばっている。今は住民はおらず、数組のベドウィンがテントを張って羊を放牧しながら住んでいるのみだ。ここまでは行きはスクールバス、帰りは商品輸送中のトラックに載せてもらって行き来した。辺鄙な場所のため観光客もまばらでほとんど遭遇することはない。

人が突然いなくなってしまったかのような錯覚に陥るDead City。みんなどこに行っちゃったんだろう?

カウンター

WELCOME TO Move On

異文化と自然を愛するイグアナ楽団のページへようこそ。これまでメキシコとアメリカに合計10年住んできました。それ以来人生の歩き方をテーマとして追い続けています。海外を旅するといつも考えさせられる豊かさとは何か。それについて思ったことを書いていきます。
プロフィール

HN:
イグアナ楽団
性別:
男性
自己紹介:
好きな言葉:「生きていくうえでもっとも大切なことは、自らを律し、可能な限り自分に正直であること」
by Robert Redford

mail : cocovenice@gmail.com
人生のお買い物

最新コメント

[05/13 Backlinks]
[03/25 イグアナ]
[03/17 ハナ]
[02/05 ハナ]
[09/24 イグアナ]
最新トラックバック

アクセス解析

バーコード