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メキシコ、カリフォルニア、日本 暮らしへの好奇心は尽きない
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旅メモ No.1


(アンマンの少年たち)

2010年3月デリゾール(Dayr Az Zawr)にて記入

・ミクロバス乗車場の片隅の小さな詰所に、主のように佇むやせた文学青年風メガネ男を見かけた。「人には誰もが神から与えられた場所がある」

・パルミラ遺跡の横を歩いていたら、すれ違いざまに「ラクダは楽だ」と言いながら奇妙なクネクネダンスを披露してラクダに乗った少年が去って行った。

・ミクロバスに乗る前に外国人移動届けを役人の管理オフィスに出しに行く。しばらくして尊大兄貴が入ってきた。起きたばかりとおぼしき兄貴は、俺の目の前で悠々と5分もかけてブラッシングを披露してくれた。片手に女子高生が使うような手鏡、もういっぽうの手にはヘアブラシで朝の儀式に没頭している。だが、男の短髪には何の変化も見られなかった。猫の毛づくろいを連想す。

・アラビアン・デッドヒート  
片側1車線の道路で追い越しをかけるのはいいが、150㎞で飛ばし3車線にするのはやめてくれ。
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あるメキシコ人労働者の夢

北風が吹き始める季節になると思い出すことがある。季節は秋。働いていたベニスビーチでもちょうどこんな風が吹いていた。

当時僕は寿司レストラン(注:リンクを開くとすぐ音が出ます)のフロントをやっていた。寿司レストランといっても一風変わったところだった。白い壁には現代アート。メニューにはフレンチのサイドディッシュ。閉店を知らせる音楽には、Eaglesの『Hotel California』。深夜のベニスビーチで聞くHotel Californiaの哀愁を帯びた曲調は、酔った客だけでなくそこで働く従業員の心にも沁み、居合わせた人はみんな郷愁のようなものにかられ不思議な連帯感でつながる。そんな不思議な店だった。

夜が更けてくると徐々に客が引き上げていき、それまでの喧噪が嘘のように落ち着いてくる。訪れる客が途絶え、あとは今いる客が帰るのを待つだけになるとフロントに束の間の空白が訪れる。そういうときは表の駐車係も暇になり、ふらっとフロントに無駄話をしに来るのだ。

当時駐車係を務めていたのはトーマス。身長180cmを超す痩せた長身で、鼻の下にひげを蓄えたスペイン系のメキシコ人だ。彼はSan Luis Potosiというメキシコ中部の乾いた町からやってきた。スペイン人達が支配していた当時、銀の産出でにぎわったコロニアルの町だ。彼も元々は不法入国者だった。メキシコとアメリカを分けるRio Grandeを泳いで渡り、灌木の間を腹這いでくぐり抜け何とか国道に出たらしい。そのときちょうど目の前に警察がいたらしいが、白人の血が勝る彼は怪しまれることなくその場を切り抜けたと笑って話していた。

そんな彼はいつも僕に夢の話をした。

「San Luis Potosiには地中に財宝の埋まっている家がたくさんあるんだ。どうも革命のときに埋められたりしたものらしい。家の持ち主が気づいているものといないものがあるんだよ。でも気づいている家の主は絶対に掘らせはしない。悪霊にたたられると思っているからね。俺は宝が眠っている家をいくつか知っている。いつか戻ったら必ず掘りに行きたい。そのために金を貯めてるんだ」

いい匂いが漂う明るく暖かな店内と対照的に、大西洋を渡ってきた夜の冷たい風が吹きぬけるWindwardアベニュー。そこに立ち続け深夜まで車を移動し続ける男の目には何が映っていたんだろう。いつか宝探しを成功させ大金を手に入れて、中にいる連中のように高いワインを開け旨いものに舌鼓を打つ自分の姿だったんだろうか。それから少し経って駐車係は別のメキシコ人に替わっていた。ほどなくして僕もメキシコに戻った。

冷たい北風が吹き始めると、あの長身で痩せたメキシコ人のことを思い出す。彼は無事に宝を掘り当てたかなと。そして幸せに生きているかなと。
作ることを忘れてしまった日本人


世の中を見ていて、どうも日本人って自ら作ることを忘れてしまったんじゃないかなって思うことがある。既にあるものを利用することに慣れてしまい、自分から作り出そうとしない。創造する楽しさをどこかに置いてきてしまったんじゃないか。

活力のある国とない国
以前住んでいたメキシコという国では、生活に「作る」が根ざしていた。
料理、洋服から家の飾り、家造りに至るまで、どの家庭を訪ねても自分たちの手で作られたものに接することが出来た。またアメリカでも、趣味の世界から住居、そして仕事までオリジナルなものを作って暮らしている人々を多く見かけた。そんな彼らは一人一人が自信に満ち生き生きとしていた。

翻って日本。モノから仕事の選択まで自分で作るというより与えられた選択しの中から選ぶというのが今日ではほとんどになってしまっている。一見楽そうだが、この生き方は人から作る喜びや達成感、そして生命力を奪ってしまっていると思う。そんな生命力を奪われた個人で構成される社会から活気が失せるのは当然のことだ。

原因、そして変わるために
その原因は何だろう。やはり経済最優先、企業主体できたことが、受け身の人々を作り出してしまった最大の理由だと思う。なぜなら、受け身の人を作り出すことが経済界にとっては最も都合がいいことだから。彼らの「不満を起こさせない程度に最低のものだけを与える」という巧妙な戦略に引っ掛かって、眠ったまま生かされいる人がものすごく多いのが日本という国だ。

この国が変わるには先ずは一人ひとりの意識が変わらなくてはならないと思う。人生は人から与えられるものではない。自分で作っていくものだという意識。これがこの国に今一番欠けているものだと思う。だが実は価値観を変えることは言うほど簡単なことではない。それは現時点で多くの人が企業の庇護のもと生活を営んでいるからだ。そういう人はどうしても為政者側のプロパガンダに影響を受けてしまう。それに自分だけ他のことをしたくないという日本人特有の横並び意識も邪魔をしている。そこで自分だけ主体的になれと言われても戸惑う人のほうが多いかもしれない。人間とは基本的に憶病な生き物で、最低なものしか与えられていなくても保障された世界から出ていくことはものすごく勇気のいることだから。

ただ確実に自分の生活スタイル、ひいては人生そのものを見つめなおす人が増えてきているのも事実だ。その中で実際に行動に移す人もどんどん出てきている。そうしたときって世の中の景色はどんな風に見えるのだろうか。それは行動に移したその人にしか分からない。けれど自分の足で立っているというこれまでにはない満足感が残ることだけは間違いないはずだ。
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WELCOME TO Move On

異文化と自然を愛するイグアナ楽団のページへようこそ。これまでメキシコとアメリカに合計10年住んできました。それ以来人生の歩き方をテーマとして追い続けています。海外を旅するといつも考えさせられる豊かさとは何か。それについて思ったことを書いていきます。
プロフィール

HN:
イグアナ楽団
性別:
男性
自己紹介:
好きな言葉:「生きていくうえでもっとも大切なことは、自らを律し、可能な限り自分に正直であること」
by Robert Redford

mail : cocovenice@gmail.com
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