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メキシコ、カリフォルニア、日本 暮らしへの好奇心は尽きない
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さみしさが私をうどんに走らせる

週末に藤沢駅北口を出たところのスペースで何かのイベントをやってるのか複数の店が出ていた。全部見たわけではないけれど、カジュアル衣料、軽食、タイカレー、海外からの小物、そんな店があったような気がする。

しかしこれがとても残念なイベントに思えてしまった。先ず、第三者から見て何のイベントか全く分からない(そんなものを敢えて公の場でやる意味あるんですか~って聞いちゃいますよ~。ポリシーを持て、ポリシーを!)。そして物販で終わってしまっている(恐ろしいことに、見るからに安っぽいデッドストック風サーフトランクスを500円で売りさばこうと兄ちゃんが声を張り上げていた。もうすぐ11月だぜよ。私は欲しい物があったらネットで買うか店舗へ行きます。敢えてイベントに出すならよっぽど手に入りにくい珍しいものか何かにしてくださいまし~)。

上の二つの指摘が当たっているのか、立ち止まる人も少ないとてもさみしい秋のイベントだったのだ。
(さみしさにやられ思わずうどん屋に駆け込み、穴天うどんを食べました〈注:うどんと寂しさ解消との関連性はまだ解明されておりません〉。そのおいしかったこと!)

ほんと日本って貧しいなあと思う。いや金銭的には決して貧しくはないんだけれど、そのあり方が貧しいんだよなあ。僕らに提供されるものがまだ物でしかないという現実(しかも季節外れの海パンだ!)。心を満たすものがまだ物でしかないと思っている人が少なくないっていう現実。いや物しか思いつかないのかもしれない。いずれにせよ、これが2010年秋の日本の姿なんですねえ。なんだか終戦当時からあまり変わっていませんね。

これはしばらくうどんから離れられそうもない。
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恋はお熱く アイスは冷たく

2001年メキシコ太平洋側の町でのんびりと暮らしていたころのこと。隣にはメキシコ人夫婦が住んでいた。

夫のベニーは山本譲二似のずんぐり体型のアラフォー男だが、凛々しい顔つきのかなりのモテ男だった。不動産の仕事をしているらしいが一体いつ働いているのやら。朝8時ごろ釣竿を持ってダーっとアパートの階段を駆け下りていったかと思うと、午前3時ごろ危なそうなおやじと家から出てきてどこかに消え、そのまま2日ほど戻らなかったりする。そうかと思えば、昼間に白いシャツにネクタイを締め、颯爽と道を歩いている姿を見かけたりもする。

妻のルルは20代後半の白人系美人ラティーナで笑顔がチャーミングな女性だ。そんな二人の間には3歳になる絵に描いたような悪ガキが一人いる(みんなで海へ遊びに行ったときにこの悪ガキに料理に砂をかけられた。順調に“ラテン・ワル”への道を歩んでいたようだ)。実はベニーにはそれ以外に前妻と、別の愛人との間に計3人の子供がいた。

そんなベニーの夜遊びに、ルルの怒りが時たま爆発する。激しく言い争う声がしばらく続いたかと思うと、突然鳴り響く“バチーン”と横っ面を引っ叩く強烈な音。耳をつんざく怒声と体が壁にぶつかる振動。やがて聞こえてくるのはルルの泣き声と鼻をすする音。あまりの激しさに壁越しに聞き耳を立てる僕たちも思わず固まってしまうほどだった。

しかしルルも負けてはいない。家中のものを片っ端からベニーに向かって投げつける反撃にでる。隣の家から放り投げられた物が空中を横切っていくのを何度も目撃した。入居早々アパート前の道にズボンが落ちているのを見て、「これは何だろう」とずっと不思議に思っていたが、その謎も解けた。粗大ゴミで出されていた比較的新しいオーディオセットも喧嘩の産物だったようだ。

結局最後は悪態をつきながらベニーが家から出て行くのがお決まりのパターンだ。しかしそれから2,3日もすると、もう何事もなかったかのように再びいちゃいちゃしている。そんな二人を見て、恋愛のない人生なんて考えられないラティーノにとって、一見不毛な痴話喧嘩もここでは愛情維持に欠かせない肥やしのようなものなんだなと深く納得させられた。

ある日、彼らの部屋の前を横切ったとき、ふと見るとそれぞれ片親違いの子供達がソファーに一列になってテレビを見ながらアイスを食べていた。親同士は恋敵でも子供は別ということか。そのあどけない子供達がなんとも微笑ましくて、思わず笑みがこぼれてしまった。細かいことにこだわらないお国柄。大らかだねラテンは。
ブエノスアイレスから見えてきたこと


(ブエノスアイレス中心街。あちこちで見世物が行われている。ビバ人間!)

ブエノスアイレスの町を歩いているときにずっと活気のようなものを感じ続けていた。そのときはそれ以上考えることもなく終わったんだけれど、帰国したある日ふとその謎が解けた。それはブエノスアイレスでは町の中心から外に向かって行けども行けども商店が続いているからだと気が付いた。

ブエノスアイレスではチェーンの商店も少なくなさそうだが個人の店も多そうだ。最高でもせいぜい3、4階建てくらいまでの低層の建物が連なり商売を営んでいる。酒屋から肉屋、クリーニング店から文房具屋。ちょうどオーナーと店員がそれぞれ一人ずついるくらいの温度がじかに伝わってくる規模だ。それぞれの店が馴染みのお客さんを引き付け町中に人があふれる。僕はそれが町に活気をもたらしている原因じゃないかと思う。

この町にもし大手のスーパーや安売り店が出来たらどうなるだろう。派手な宣伝や安売りでお客さんはそちらに流れていくかもしれない。そうすると店をたたむ人が出てくるだろう。また大手の進出で土地の値段も上がり、空き地になったところを借りて新たな商売をやることもままならなくなる。そのうち人の流れは変わり、そこは安売りだけを求める人が集まるだけの味気ない町に変わっていく。それはまさにどこかの国で起こっていることだ。

今週銀座を歩いていたときに、同行した人が教えてくれた。「どうして銀座にはまだ個性的な店が残っているか知ってる?」「それはね、銀座は昔から自分の土地で商売をやっている人が多いからなんだよ。地代がかかんないから商売も続けやすいんだよ。それで昔からずっと同じ店をやり続けられるわけ」。

なるほど。銀座の魅力は大型デパートだけではなくて、老舗の菓子屋、洋服屋、食べ物屋が残っているからだ。そんな店が町に個性を与えている。でも銀座は、今後も大手資本が町をいじくることはあっても、今以上にしっとりとした味わいは出てこないと思う。なぜなら地価が高すぎてもう個人で店を出せるところではないからだ。

国は税収と雇用を増やすために個人に起業しろと進める。個人も店をやりたい人はたくさんいる。でも固定費、とくに地代が高くてあきらめざるを得ない。例え開店にこぎつけても、地代が高すぎて商売が軌道に乗るまで資金が持たないのだ。こういうことが起業の足かせとなっている。その結果、結局はどこにでもある、同じマークを持つ大きな店が建つことになり、僕らが望むものとは大きくかけ離れた町が出来てゆくことになる
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WELCOME TO Move On

異文化と自然を愛するイグアナ楽団のページへようこそ。これまでメキシコとアメリカに合計10年住んできました。それ以来人生の歩き方をテーマとして追い続けています。海外を旅するといつも考えさせられる豊かさとは何か。それについて思ったことを書いていきます。
プロフィール

HN:
イグアナ楽団
性別:
男性
自己紹介:
好きな言葉:「生きていくうえでもっとも大切なことは、自らを律し、可能な限り自分に正直であること」
by Robert Redford

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