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メキシコ、カリフォルニア、日本 暮らしへの好奇心は尽きない
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サンサルバドル・メロー

サンサルバドルからオンボロバスに乗り込んで、太平洋側の港町
アカフトラに着いたときは夕暮れどきだった。
すぐに海辺にある日本人宿へ向かった。
普段はそういう宿には泊まらない自分だが、そのときはエルサルバドル
という土地に住みついた日本人に興味を持ったのだ。

途中海辺に続く大通りで、前を歩いていたおっさんが道のど真ん中に
落ちていたココナッツにつまづいて転んだ。
普通あんなものにつまづく?まるで漫画。おもわず笑ったら血走った目で
睨まれた。やばい。ここはエルサルだ。内戦で精神を病んでる人が多い
と聞く。迂闊に地雷を踏まないようにしなきゃ。

辺りが薄暗くなり始めたときにどうやらそれらしき建物にたどり着いた。
ベルを押すと、カッターシャツにナイロン製短パンという風貌は完全に
日本人離れしているけれど顔は典型的な日本人の男が出てきた。
「~さんですか?」「はい」「今晩泊めてもらいたいのですが」
「もう宿はやめました」「今着いたばかりです。他に行くところありません」
「・・・じゃあ。とりあえ中にお入り下さい」がちゃっと鉄格子のドアが開いた。

中に入ると可愛いおちびちゃん(女の子)が二人とおとなしそうな現地人
風の痩せた女性が一人いた。どうやら家族らしい。そして居間らしいその
部屋の通路にある本棚には背表紙の焼けた日本語の本が所狭しと置かれて
いた。

二階に上がるとベッドが四つ。「どれでも好きなのを使って下さい」。
今しがた既に廃業したと告げられた建物のゲストにいつのまにか
迎えられていた。

結局その夜はそこで主とビール合戦を繰り広げることになった。
アルコールが入れば早い。ここに落ち着くまでのストーリーを主は熱く
語った。けど、その長い話の中でいま覚えてるのは、一緒に住んでる
奥さんは夜のお仕事の人だったということ。そして先日嫌がらせで車が門に
突っ込んできたということ。北海道出身だということの3つだけ。

翌日は宿屋をやめ今はサーフショップ(あまり売り物はない)となって
いるその家に早朝からサンサルバドルのぐうたら若者の一団がサーフィン
をしにはるばるやってきたので、歩いてすぐの海岸に一緒に向かった。

ビーチは黒砂。火山の多い中米らしい。風は緩いオフショア。かなり沖から
うねりが行く筋もの線となって押し寄せている。凄い!!サイズは頭半。
けれどブレークはメローでイージーに楽しめる波だ。しばらくサンサルの
ガキ達と借りた板で笑い転げながら順番に波乗りをした。いつしかみんな
岸に上がり海の中の自分を見ている。改めてエルサルのうねりと向き合った
僕は、メローでどこかノスタルジックなその波に真剣に取り組んだ。

その夜も主と裸に短パンというくつろいだ格好でビールを飲み交わした。
主も久々の日本語に満足そうな様子。夜空には三日月。時たまヤモリがキキっと鳴いた。中米のねちっこい夜に吹き渡る風が気持ちいい。

あくる日、旅の途上の自分は次の目的地に移動しなければならなかった。
わずか2日間の短い交流に終止符を打ち、家を出て行く前に玄関前で
主と奥さん二人の写真を一枚だけ撮らせてもらった。わずかな交流だったけど
こんな辺鄙なところで時間を共有できたことが、ここでの滞在を強い印象
として自分の中に残した。

続けていた旅を終え後日メキシコに戻ったある日、現像に出した旅の写真の
出来上がりを引き取りに行った。たくさんの写真を一枚一枚眺めながら旅を思い出していると1枚の写真に目が留まった。エルサルバドルの日本人宿で最後に撮った1枚だ。その写真に写っていたのは、複雑な表情を浮かべた主と感情の乏しいうつろな目をした奥さんだった。
それから後、主は奥さんと別れて日本に戻ったことを風の便りに聞いた。

遠いところに住む二人を結びつける運命の妙。
そこで愛が芽生え新たな命が誕生する。しかし運命は時として二人の仲を
割く。その定めを知る人間の本能は、無意識に切なさを感じとってしまう
ものなのか。あのとき撮ったどこか寂しげな二人。あの二人も迫りくる運命
を予感していたんだろうか。

僕の手もとにある1枚の色あせた写真。
今となってはこの写真だけが、かつて二人が家族でいたことを物語っている。

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ユッケとマーヴィン

焼肉屋のユッケ問題で日本列島が揺れている。

被害を被った人は不運としか言いようがない。
食肉問屋の売り方の不手際、レストランの認識の甘さなども問われる
だろう。けれど客側も判断が甘かったかもしれない。

何と言っても280円のユッケに手を出す感覚が短絡的だった。
僕は焼き肉屋でユッケを置いてないところも多い中、それなりの
値段でユッケを出すところは新鮮な肉を扱ってる品質に自信のある店
なんだなと基本的に思っている(もちろんお腹を壊さなかったのは単
なるラッキーかもしれないが)。そういう自分なりの基準を持ってユッケに手を出すか出さないか決めているがそれでも腹を下すかもしれない
覚悟はいつも持っていた。

それを280円という信じられない価格のユッケに何の疑問も持たず手を
出してしまう感覚に、しかもそれを子供に与えてしまう感覚に当事者
たちの思考停止を感じてしまう。

子供にユッケを与えちゃだめだよ。生肉だよ。腹こわす可能性大
なんだよ生肉は。そんなものを子供に食べさせる親の感覚
を疑う。僕が子供のころは滅多にコーヒーを飲ませてもらえなかった。
そしてなぜかキリンレモンにも制限がかかっていた。だからいつか
キリンレモンをたらふく胃袋に流し込めるようなリッパな大人になりたい
と願いつつ大きくなった (結局態度だけがすくすくと育った...)。
そして自由に飲み食いできる大人たちがまぶしかった。

最近の親を見ていると子供に甘いと思う。ゲームやら携帯やら最初から
全て与えてしまっている。
子供は親が張り巡らせたいろいろな制限の網を知恵を使ってかいくぐっ
て大きくなっていくんじゃない?それなのに最初から全て与えちゃった
らその子供の創造性が育まれることはなく、夢を持つことも忘れてしま
うんじゃない?

そういうわけで、子供には、ユッケとコーヒーと、このマーヴィンは
まだまだ時期早し!! か~つ!

夜のきしみ音がいざなう旅

注:以下の文章にはおセンチスパイスが効いています。
黄昏アレルギーでお医者さんから飲用を止められている人はご遠慮下さい。

夜、東京のビル上階の自室でデコポンを食べていた。
すると、「キイイイィ」と車が停まる音が。
久々に聞いた大型車のきしむ音。
むむ、懐かしい音だ。今日日こんな音を東京で聞くなんて。
油のさしが甘く、かなり古い部品を無理して使ってる古い大型車
特有のブレーキ音だ。
その音は稲妻のように体を駆け抜け、僕の脳に化学変化を起こした。

その瞬間、心は中米に飛んでいた。

夜が訪れた田舎の幹線道路。通る車もほとんどない。
地名の書かれた錆びた表示板も折れてぶら下がったままだ。

道端の簡易食堂でもう何時間もバスを待っている。
テーブルの上には気の抜けたぬるいコーラーと鳥の骨。
他のテーブルには大荷物を抱えた初老の夫婦や、テンガロンハットを
被った2、3の男たち。帽子が影になって表情は見えない。
誰もがすることもなく外を眺めている。
ラジオから流れ出るランチェロの音色だけが空間に漂う。

朝からバスに乗り続け、濃い緑と赤い大地を見続け今ここにいる。
地方を結ぶ路線バスの接続点には観光客などめったに来ない。
自分とて二度と訪れることはないだろう。
突然紛れ込んできた異邦人に注意を払う者もいない。

夜の闇が人恋しさをつのらせる。
会社の人に告白され迷っていると先日の国際電話で泣いていた彼女のことを思い出す。
怒って電話を切った未熟な旅人の待つバスはまだ来ない。



この夜、東京で聞いた車のきしみ音は懐かしい旅への招待状だった。
お金も時間もかからない旅。
そしてちょっぴり甘酸っぱさをともなった旅。
カウンター

WELCOME TO Move On

異文化と自然を愛するイグアナ楽団のページへようこそ。これまでメキシコとアメリカに合計10年住んできました。それ以来人生の歩き方をテーマとして追い続けています。海外を旅するといつも考えさせられる豊かさとは何か。それについて思ったことを書いていきます。
プロフィール

HN:
イグアナ楽団
性別:
男性
自己紹介:
好きな言葉:「生きていくうえでもっとも大切なことは、自らを律し、可能な限り自分に正直であること」
by Robert Redford

mail : cocovenice@gmail.com
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